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◆P.202 高宗の親政強化に利用された「大韓帝国」樹立 高宗はロシア公使館から慶運宮に還御すると、独立協会の主張をいれて、国号を大韓帝国と改め、自ら皇帝の地位に昇った。 高宗は正装した文武百官を率いて、輿に乗って慶運宮を出て、南山の西側の麓にある別南宮に、清を模倣して造った天壇において、即位式を挙行した。そうすることによって、高宗は中国の皇帝と同格の天子となった。この圜丘壇（えんきゅうだん）と呼ばれた天壇は、今日、朝鮮ホテルの裏庭にその姿をとどめている。 それとともに、年号も光武に変えた。もっとも、高宗皇帝の朝鮮には光も、武もなかったから、国号を大韓帝国に改めて、国王が皇帝を名乗ったことは、列強諸国から茶番劇としてしか受け取られなかった。 高宗は皇帝となるとともに、憲法にあたる大韓帝国国訓を制定した。これは開化と近代化に逆行して、皇帝の手に全権力を集めて、親政を強化するものだった。 このために、大韓帝国と称したものの、いっそう危うい国となった。皇帝がすべての決定権を握ったから、後の日韓併合にあたっても、皇帝の意思のみによって行えたのだった。 ロバノフ・山県議定書は、露日両国が事前に協議することなく、朝鮮に財政援助を行わないことを約していた。それなのに、閔泳煥特使は露日間でそのような交渉が行われていたことを知らなかったので、ペテルブルグでロシア政府に三百万円の借款を供与することを、懇願していた。 閔泳煥特使一行は、ロシア側の回答を待ちながら、半年以上も無為にペテルブルグで時を過ごした。特使一行は滞留する費用だけで、四万ドルという巨額を浪費した。 高宗は李朝の歴代の国王と同じように、臣下の党派抗争を操ることを、政治の要諦としてきた。そこで国際関係にも同じ手口を適用して、関係諸国の勢力均衡をはかることを試みた。したがって、どの国からも信頼されなかった。 大韓帝国の皇帝となった高宗は、農村や貧民がいっそう窮乏するのにもかかわらず、あいかわらず美食と遊興に耽り、国費を浪費することを続けた。この時になっても、宮廷費が国家予算の半分以上を占めた。それでも、宮廷では臣下たちが李朝を通じて、ずっとそうだったように、高宗を「もっとも英明な君主」として、諂い続けた。 李朝では国は、国王と王を囲む特権階級である両班のためにのみ、存在していた。民は徹底的に搾取されるだけの対象だった。 儒教は中国においても、朝鮮でも、貪欲な利己主義の表面を飾るものとして用いられていた。 大韓帝国は大日本帝国と、似ても似つかなかった。高宗は近代化も開化も、王権を制限することになったから嫌った。宮廷費を削減されては、浪費を続けることができなくなってしまう。それだから、近代国家の制度をとることを拒んだ。 独立協会と独立新聞による公開された言論闘争は、国家の独立と開化、近代化を求める潮流を日増しにつくりだしつつあったから、高宗にとっても、守旧派と親露派による政権にとっても、重大な脅威となった。 はじめは独立協会の幹部たちを懐柔と賄賂によって、買収しようと試みたが、成功しなかった。 徐載弼は中枢院顧問を免ぜられ、さまざまな脅迫を蒙った。徐載弼は夫人と娘を連れて、光武二年に祖国を再びあとにして、アメリカヘ向かった。 それでも、独立協会は活動を弱めることがなかった。独立新聞とともに、政権の汚職や、腐敗や、売国行為を攻撃した。 守旧派と親露派による政権は独立協会の打倒を企てて、李基東や、洪鍾宇、趙秉式たちが中心となった皇国協会に、テロ活動を行わせた。皇国協会は褓負商（ボプサン）に、全国にわたって独立協会員を襲撃するように指示した。 洪鍾宇は一八九四年に、金玉均を上海で暗殺した犯人だった、金玉均の暗殺はもちろん、高宗の了解のもとに行われた。高宗は俄館播遷の翌日、忠臣で、開化派政権の首相だった金弘集に対して撲殺令を発したが、近代化をはかる優れた人材をつぎつぎと殺してきたのだった。 褓負商は商品を担いで、行商する商人のことである。李朝は商工業を蔑視したから、徳川時代の日本のように大きな商店がなく、商業は褓負商によった。 親露派の軍部大臣だった兪箕煥と、法務次官の李基東が共謀して、光化門と独立門に「独立協会が万民共同して、高宗を廃して、大統領制をとる共和体制を樹立する国体変革の陰謀を企んでいる」という匿名書を貼りださせた。李基東は皇国協会の会長も、つとめていた。 高宗は猜疑心が強く、讒言をすぐに信じたので、独立協会の幹部の一斉検挙を命じた。翌日の早晩までに、十七人が逮捕された。会長の尹致昊などの幹部の一部は、事前に情報をえて、身を隠した。 そのうえで、高宗は詔勅をだして、独立協会の解散を命じた。 ところが、梁弘黙や、李承晩が他の会員や、培材学堂の学生たちを動員して、警務庁の前で検挙された十七人の無罪を主張して、即時釈放することを要求した。独立新聞はもちろん、帝国新聞、皇城新聞も、いっせいに政府を非難した。 万民共同会の抗議運動は、たちまち燎原の火のように拡がった。数千人が「われわれも冤罪の十七人と生死を共にする」と絶叫して、示威行進した。デモは日を追って、激しくなった。そして十七人を公開裁判にかけることを、要求したが、裁判長になった李基東は承知しなかった。 しかし、抗議がたかまるなかで、高宗は圧力に屈して、会員を釈放し、独立協会が復活することを許諾した。そのかたわら、独立協会を弾圧した者を捕えるように命じ、李基東も逮捕された。 高宗は裏で洪鍾宇を用いて、三百人もの褓負商たちに万民共同会を襲撃させた。 混乱が深まるなかで、高宗は独立協会による国会開設の要求を入れて、中枢院を強化する措置を講じた。 そして五十人の中枢院議官を任命したが、そのうちの十七人が独立協会、三十二人が皇国協会、その他一人という構成だった。 だが、朝鮮を囲む国際情勢が緊迫している時に、このような混乱によって、貴重なエネルギーと時間を空費している余裕はないはずたった。李氏朝鮮の滅亡は、何といっても高宗の暗愚さによって、もたらされたのだった。 今日の北朝鮮は、まさに李氏朝鮮が蘇えったものである。 |