|
◆第一章 植民地朝鮮の虚像と実像 無視される朝鮮人の生活者の声 私が日本でようやく知ったことは、日本が朝鮮を統治下に置いたのは、当時の朝鮮が日本から「朝鮮は自力で独立を確保し得る状態にない」と判断されたからだということである。しかし現代韓国では、日本は朝鮮から収奪して自己の利益を得ようとの独善的な欲望をもって侵略し、実力をもって韓国の独立を妨げた、と教えられている。 このときから私にとっての「日帝三十六年の支配」をめぐるテーマは、大きく次の二つとなった。 一つは、当時の朝鮮側に独立を確保し得る状態があったのかどうか、あったとすればそれはいつか、そして独立への可能性はなぜ、どのようにして失われたのか、とすればその失われた要因とはどんなものか、といったことである。 もう一つは、韓国の学校教育、学者や知識人、ジャーナリズムなどで盛んに主張され続けてきた、日本人の「侵略的かつ野蛮な民族的資質」に関するものである。 私たち戦後反日世代の反日思想とは、日本人の野蛮な資質こそが、他国の侵略・支配に突き進んだ最大の要因であり、それを日本人自身が自覚していない。だから、我々は常に日本人にそのことを気づかせ、反省や謝罪を求め続けていかなくてはならない、だからこそ反日姿勢を崩してはならないというものでもある。 しかしながら、この反日思想は私の日本での体験から得た日本人像からすると、およそ非現実的なものと思われた。また、もし日本人が「侵略的かつ野蛮な民族的資質」をもつ人たちだとしたら、日本統治時代の韓国人は、それこそ言語を絶する悲惨な体験の数々をいやというほど昧わったに違いない。ところが、日本統治時代の体験をもつ私の母をはじめとする上の世代の者たちには、日本人の悪口をいう者がそれほど多くはなく、かえってよい印象を語る者たちが多いのである。 これをいったいどう考えればよいのだろうか。 私がようやく理解したことは、韓国のテーマが一貫して「国家と道徳」にあり、その「国家」の中に国土も国民も歴史も社会も全て含まれてしまっている、ということだった。しかしながら、日韓併合とは「政府・国家・制度」の問題であり、日本統治時代の実際の「生活者・日本人・慣習」の問題とは切り離して考えるべきものだ。この両者を意図的に混同して、全てを「支配」の名のもとに悪として裁こうとするのが韓国の反日の隠された方法だったのである。 この二つをきちんと区別し、実際の日本人が何をしたかをしっかりと見極めていくことが必要なはずだが、それが韓国ではできないのである。現実の生活者に焦点をあてた日本統治時代の研究は残念ながらほとんどない。日本人と韓国人の生活者間の交流の全体像をつかめるだけの内容ある書物となると、日本にも韓国にもまったく見あたらない。市販の書物に断片的な記述は見られても、どこか遠慮がちに語られていて、痒いところに手が届かない感を免れない。また仲間内の「会誌」などを手に入れて読んでみても、「よき思い出」をなつかしむことが中心で、どこかリアリティに乏しい印象がする。 もしかすると日本統治時代の朝鮮体験のある日本人は、当時の様々な思いや気持ちを、ことさら表立って言いたてることなく、墓場まで抱えていこうとしているのではないか、とすら思えた。他国を政治支配した「悪しき時代」への「罪の意識」ですべてが覆われ、それにふさわしい話にしか耳を傾けない風潮が日本に強いことは私にもわかっていた。そこに彼ら、日本統治時代の朝鮮体験者たちの戦後の精神的な孤立を思わざるを得なかった。 |