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◆P189 (C) 祈祷とウケヒ 日本語に探る古代信仰（中公新書）土橋寛著 ウケヒは元来、既述の(A)・(B)のような言語呪術であったが、それらとは異なり、神に「祈」る宗教的行為を意味するように見える用例もある。 ①「誰の神ぞ、天の下の公民の作り作れる物を成し賜はず傷へる神等は、我が御心ぞと悟し奉れ」と、宇気比賜ひき（「竜田風神祭祝詞」） ②都路を遠みか妹がこの頃は得飼飯（うけひ）て寝れど夢に見え来ぬ 大伴家持（万４、七六七） ③水の上に数書く如き吾が命妹に会はむと受日（うけひ）つるかも （万11、二四三三） ④さね葛後も会はむと夢のみに受日わたりて年は経につつ （万11、二四七九） ①は崇神天皇の御代、五穀がみのらず、何年も凶作が続いたので、天皇は「百の物知人等」に誰神の祟りであるかを占わせたが、占いに現れる神はなかった。そこで天皇が祟り神は名告り出てほしいと「宇気比」たまうと、天皇の夢に天御柱命・国御柱神が現れて自分の祟りだと告げた。このウケヒはイノリ（祈）と同じ意味であるように見える。また②③④の『万葉集』におけるウケヒも同様で、注釈書も皆イノルことと解している。 しかし「イノリ」（祈・祷）は神に対する宗教的行為で、神前に幣物を捧げて祈る神事であり、心の中だけで願いごとをする現代のイノリとは違う。妹や君に会えるように、妻と別れることがないようにと祈る恋のイノリでも、「倭文幣（しつぬさ）を手に取り持ち、竹玉を繁に貫き垂れ」（万13、三二八六）、「木綿手次肩に取り懸け、倭文幣を手に取り持ちて」（万19、四二三六）という手続きを踏んでいるのである。これに対して①②③④の「ウケヒ」は、皆寝る前に行われるものであるから、「イノリ」であるはずはない。①では天皇がウケヒをして寝ると、天皇の夢に神が現れて本当のことを告げており、『万葉集』の②③④ではウケヒをして寝ると夢の中で恋人に会えることになっている。①のウケヒがどんなことをするのかは不明であるが、②③④のウケヒは、呪いとして寝る時に袖を裏返しにしておくことであったらしいことが、次のような歌から推測されるのである。 白妙の袖折返し恋ふればか妹が姿の夢にし見ゆる （万12、二九三七） 吾が背子が袖反す夜の夢ならしまことも君に会へりし如し （万只二八一三） いとせめて恋しき時はぬばたまの夜の衣を返してぞ寝る 小野小町（『古今集』巻十二、五五四） 以上によれば、①②③④のウケヒを「祈る」意に解している通説は、考え直す必要があるのではないか。 |